「運動会」で思い出す。おばあちゃんの存在感

ご縁・家族

「今年は体育の日が、10月10日やん☆彡」

カレンダーを見るとこの祝日が、現在の第2月曜日になる前の10月10日が祝日に。
ちょっとだけ「いいね!」な気分も束の間、カレンダーの10の数字の横になんだか違和感・・・。
スポーツの日ぃ?
すかさず、スマホをポチポチ。

・・・・2年前にかわってた。( ̄▽ ̄)

息子も大きくなり、運動会や行事をあまり気にしなくなっていたので「体育の日」が「スポーツの日」に変わった話題を目にしていてもスルーだったのでしょう。

「10月10日」よ、教えてくれてありがとう。

そんな感じの我が家なので、最近では、息子の運動会の思い出話もしていませんでした。

今年の10月10日
ちょっと違ってその日、地域の運動会帰りのご家族団体とすれ違い「あぁ。運動会かぁ」と、ある年の息子の運動会を思い出しました。

孫、ひ孫を見に来るバァ2人

息子の小学校の運動会には毎年、近くに住む私の母と祖母が観覧に来ていました。息子からみると、おばあちゃんとひいおばあちゃん。

行事の参観時にPTA会員の名札を持っていない家族は、来客者用の名札が必要です。なのでこちらも毎年、運動会の前には私の母と祖母の来客者用の名札を2枚、息子にもらってくるよう伝えていました。

運動会だけではなく、他の行事も同様にバァ2人はやって来る。行事参観がある時は、息子は来客者用の名札を2枚、もらってくると決まっていました。

参観当日2人は一緒にいるわけではなく、自分が見やすいところに、それぞれ好きなように移動。
そして祖母は、好きなところで
「ヨッコラショ。」
行事がはじまっていようとも気にせず、まずは特等席を確保してから、ゆっくり観覧。

ひ孫を見つけると「ニッ」😁と笑っておりました。

運動会の名札は何枚?

でもそれは、息子が小学校4年生まで。
祖母は、息子が小学校5年生の梅雨どきに亡くなりました。92歳でした。

私はこの祖母に育てられたので、亡くなった時にはさぞや喪失感に苛まれるかと思いきや、葬儀が終わったあとも、いつまでたってもやって来ない喪失感。
そのまま秋になり、息子の運動会の季節になりました。例のごとく「来客者用・名札の申し込みのお知らせ」プリントを持って帰ってきた息子。

私は仕事から帰ってきて、晩御飯ラウンドで奮闘中。台所に立つ私の背中に向かって

息子:「運動会、名札いるよなぁ?」

手元に集中したまま私は
私: 「うん、おねがーい。」

息子:「わかった。2枚な。」

振り返った私と目が合って、3つ数えたくらいで
息子:「・・・あ。

いなくなった気がしない。

祖母が病院で息を引き取った時、息子もそばにいました。そのまま一緒に葬儀屋さんにも行って。
祖母が亡くなってからお骨になるまでを始終、私と一緒に見ていたのに、ひいおばあちゃんがいなくなった実感、ゼロな息子。そして実感していないのは、息子だけではなく。

私も、実家に行って
「おばあちゃん。」
と呼べば、部屋から返事が返ってきそうなそうな気がするし、私の母ですら
「おばあちゃんに、名前呼ばれたと思って振り返る時があるねん。」
と言ってるし。
(いや、それは呼ばれたのかもしれない。^^; )

もちろんだけど、私の母も私も私の息子も、生まれた時から近くにいたおばあちゃん。
いるのが当たり前すぎました。
まさにエリザベス女王、的な?

いなくなっても変わらない。

名札が1枚になった運動会から9年経ちました。

さすがに実家に行っても、母が一人でいるのが当たり前になってきました。それでも私に、祖母を失ったという喪失感は今だにありません。

「おばあちゃんがいなくなった。」と淋しくはならないのです。

「ちょっと、おばあちゃん聞いて~。」
と祖母に話したい時もありますが、話せないからと言って、淋しくなったりはしないのです。

聞いてほしい話を、目の前の祖母に話す事はできないけれど
「まぁ、知ってるか。」
なんて思えたり(笑)祖母の反応も、すぐに目に浮かびます。

やっぱり、どこにもいなくなってしまった気がしない。どこかから、こちらを見て
「ニッ」😁と笑っている気がします。

もの心ついた時から日常にいた「おばあちゃん」
いないのが、日常になってきた今も変わらずに
見守ってくれているような気がしています。

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